「エンジン付きの乗り物での日本一周はドライブ?」炎上ツイートについて考える

さて、今回はTwitterの炎上ツイートについて、考えたことを書きたいと思います。年に何回かは、日本一周界隈で起こる炎上ですが、今回はこんなツイートがきっかけです。

炎上覚悟でツイートします。

エンジン付きの乗り物で 日本一周をするのは 旅じゃなくて ドライブだと捉えてます。 車、バイク、公共機関、ヒッチハイク での日本一周はドライブです。

なお、徒歩と自転車は旅人です。

※異論は認める

ドライブ≠旅行≠旅

炎上覚悟ということで、批判が集まることを覚悟の上でのツイートのようです。

最初このツイートを読んだときは、「徒歩と自転車以外は旅ではない」と受け取りました。多くの方が、そのように捉えたかと思います。また、ドライブ・旅行・旅の意味をスクリーンショットで貼ってあるので、定義についてのツイートだと思ったわけです。

こういう風に書かれると、車やオートバイで旅している人たちは怒りますよね。自分たちの旅が否定されているように受け取れますから。

お茶を濁すような、こんなコメントをつけて、リツイートしました。

朝から夕方まで、最初にあげたツイートに対するコメントや、コメント付きリツイートを読んでいました。色々と旅に対する定義や考え・立ち位置があって、面白いなぁと思ったのです。ただ、やはり否定的な意見は多くて、そのうち罵るだけのようなコメントも増えてきて、若干残念ではありましたが。

ツイートを何度も読んでいると、彼が言葉にしたかったことは何だったんだろうと思うようになりました。旅や旅行、ドライブの定義は、画像で貼られているのです。それとは違うことをあえて炎上覚悟の上で、ツイートしているわけです。普通はあえてこんなことする必要はないわけで、話題を集めたかっただけなのかもしれません。しかし、あえて何かあるのではないかと、このツイートについて、改めて捉え直しました。

まず重要なのは、「日本一周の手段」として、「エンジン付きの乗り物」を使用するのは、「ドライブ」であると言っていることです。これはあくまでも「日本一周の手段」についてに、限定されています。

そしてこの「ドライブ」という言葉がくせ者です。字面だけで捉えると、自動車で出かけることですが、「バイク、公共機関、ヒッチハイクでの日本一周」もドライブと言ってます。この時点ですでに違和感を感じる方も多いと思います。画像で貼っている言葉の定義と使い方がずれています。

あえて何故「ドライブ」という言葉を使ったのか? そんな疑問が湧き上がります。

私が考えて行き着いたのが、感覚としての「ドライブ」です。「ちょっと彼女とドライブ行ってくる」とか、「ドライブがてら買い物してくる」といった時のような、気軽なお出かけという感覚での意味の「ドライブ」です。もちろん、この中には車を使ってという意味が含まれているので、「バイク、公共機関、ヒッチハイク」に使うのは、間違っていると思いますが、感覚的なものを表現するのに、他の言葉が見つからなかったのではないかと。「エンジン付きの乗り物」での移動=ドライブ≒気軽なお出かけという感覚です。

例えばこんな例を考えてみました。

「300km先の実家にいくのに、車だとドライブ感覚だけど、歩きや自転車だと旅に感じる」

車だと1日で走れる距離だけど、歩きや自転車だとそうはいきません。車だと気軽なお出かけでも、歩きや自転車だと、複数日にわたる行程になります。これは距離が大きな要素となっていて、車なら1日で行ける距離だし、ドライブと捉える。歩きなら複数日かかるから旅であると考えるのは普通のことかと。

しかし、日本一周のように1万キロ以上になれば、例え車でも数ヶ月にわたる行程になります。それだけの日数を必要とする行程は、旅(もしくは旅行)と捉える人が多数だと思われます。ただ、それをあえて「ドライブ」と言っている。彼の中では、たとえ数ヶ月かかる行程であっても、日本一周をエンジン付きの乗り物でするのは、「ドライブ≒気軽なお出かけ」のような感覚であると。

車やオートバイでの日本一周は、もちろん気軽なお出かけではありません。しかし、彼にとってはそう感じてしまう。これは彼が今まさしく、歩きでの日本一周中であるからこそ、生まれた感覚ではないでしょうか。

私が自転車で日本一周していたときも、走行中に色々なことを考えていました。その中には、旅の定義であったり、日本一周の意味や意義に関することもたくさんありました。ひとりでの移動は、自身への問いかけが多くなってきます。多分、そんな中で生まれたのではないかと。

日本一周の大変さで言うと、歩き>自転車>オートバイ>車、というのが、一般的な認識だと思います。疲労度やかかる日数によるものです。あえてその一番大変な行為をしている自負が、彼の中にあると思います。その中で車やオートバイだったら、もっと楽だったのにという思いが頭をよぎることもあるのではないかと。そんなことを思い浮かべたときに、「いやいや自分にとって、それは旅ではない」と言い聞かしている、あるいは強がっている、そんなツイートに思えたのです。

歩きでの日本一周に挑むときの決意や覚悟が、「車やオートバイでの日本一周にはあるのか?」といったところです。これはあくまでも彼にとっての日本一周の話なので、他者に関しては関係はありません。しかし、ツイートをするとそれは自分だけの話ではなく、他者にとっての日本一周にも関わってくるわけです。

その後のツイートには、揺らぎが見られます。思いついたことを言語化してツイートしたが、きっちりと完全にまとまった考えではないからでしょうか。また、この感覚について、他の人の意見を聞いて、変化が起こったのかもしれません。

ツイート後しばらくのコメントには、丁寧に返信しています。中には本音と思える返信も。

バイクはバイクの大変さがあり 自転車は自転車なりの大変さがある。

でも歩きが一番大変だからな?(ドヤ) みたいな部分もぶっちゃけあると思います。笑

これを読むと、歩きでの日本一周中は他より大変だから、スゴいでしょう?的な意識も見られます。これをしてマウンティングしようとしているように、思われた方もいるでしょう。

しかし最初の頃は、自分の中に生まれた感覚を、他の人はどう思うのかということを楽しんでいるようです。途中からは「暴言や命令口調で言ってくる人が ふつうにいる」ので、嫌になってしまったといってますし、想像していた以上のコメントやリツイートがよせられて対応できなくなったようで、途中からコメントに対する返信もなくなってしまいましたが。

今回のツイートに関しては、私は否定的な感情は浮かびませんでした。旅中に思い浮かんだ自分の感覚をツイートしただけ。その人なりの捉え方の問題で、自分はこう捉えてますが、皆さんはどうですか?といったものです。言葉として定義されている「旅」や「ドライブ」を、あえて自分の感覚で当てはめて、自分が今行っている行為は旅であると、自分に言い聞かせているように思うのです。

もちろん車やオートバイでの日本一周旅をした人から、反感を買うのはわかっているからこその、「炎上覚悟」宣言なのでしょう。その上で「異論は認める」とも書いています。

自分の中に生まれた感覚を、なんとか言語化しよう。多少反感を買うとしても、自分の中のモヤモヤを言葉にせずにはいられない。そしてみんなに聞いてもらいたい、そんな思いがあったのではないでしょうか。そんな風に私は受け取りました。かなり大きな反感を買ってしまいましたが。

善意に捉えると共感できるが悪意に捉えると腹が立つ、文面通りに受け取るとトンチンカン

たくさんあるコメントの中で、この方のコメントが的を射ているように思います。真意がわかりづらいツイートだったと言うことです。他者の日本一周を否定するまでの意図はなかったと思いますが、そうは受け取られなかったと言うことですね。

でも、Twitterって、これでいいんじゃないかと思います。彼の投げかけたツイートが、これだけの旅人を刺激したということで、良くも悪くも非常に意味あるツイートだったと思います。みんな自分の立ち位置を、改めて考え直したかなと思うのです。

最後に私は自転車で日本一周をしましたが、オートバイなら楽なのにと、何度も思いました。自転車では苦しくて、オートバイなら楽、だから自転車の方が偉いとは言いません。それぞれの苦労があるのは大前提です。でも、今回のツイートにある種の共感を覚えたことはたしかです。それがマウンティングといわれるのであれば、そうかもしれません。