ライトノベル『スーパーカブ』のアニメ化は失敗だった!?【アニメメモ】

ひさしぶりのブログです。アニメ『スーパーカブ』の放送が終了しました。良くも悪くも話題になったアニメだと思います。アニメ化以前から小説を読んでいた人間が、このアニメについて少し語りたいと思います。ただ、語りたいだけなので、支離滅裂で長いです。そしてライトノベルやアニメの『スーパーカブ』が好きな方は、読まない方が良いです。

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アニメ『スーパーカブ』

出典:Dアニメストア

ひとりぼっちの女の子と、世界で最も優れたバイクが紡ぐ、友情の物語。山梨県北杜市の高校に通う女の子、小熊。両親も友達も趣味も無い、何も無い日々を過ごす彼女だが、ふと見かけた中古のスーパーカブを買ったことで、ちょっとずつ短調な毎日が変わり始める。

もともとは小説投稿サイト「カクヨム」に投稿された小説で、後に角川スニーカー文庫から出版されました。書籍化にあたりカクヨム版から変更されている点もあり、アニメはスニーカー文庫版を元にしています。小説では主人公の女子高生はドライで性格的には?の部分が多々あるのですが、アニメではそういった描写を無くして、山梨のきれいな風景に心地よい音楽をのせて、いわゆる萌えアニメとは違った方向で描いています。全12話でアニメ化されたのは、小説版の第1巻~2巻部分。おおむね原作通りでした。

アニメの評価は賛否両論といったところでしょうか。アニメサイトの記事などでは絶賛記事が見られ、感想サイトなどでは否定的な意見が多い印象です。

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Amazon.co.jp:カスタマーレビュー: TVアニメ「スーパーカブ」
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amazonのレビューではまさに賛否両論。話題になった第6話の「2人乗り問題」よりも、第5話「礼子の夏」への批判が多いようです。全話を見た上でのレビューではないので、このレビューを作品全体への評価と鵜呑みにすることはできませんが、否定的な意見が多々見られるのは注目すべきポイントです。

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最後にこちらの記事ではアニメでは解りづらかった部分が小説にはあることに触れ、小説もぜひという流れ。小説版を読んだ人間からすると「それはやめた方が良いんじゃない」と思います。そこが今回の記事のポイントになるところです。

ライトノベル『スーパーカブ』

さて、ここからが本題です。まずこのアニメの元となったのはライトノベルです。ここが重要です。amazon primeのレビューを読んでいると、原作がライトノベルだとは知らずにこの作品を見ている人が多いようです。ライトノベルが原作なのに、通常のライトノベルの読者層≒深夜アニメ視聴者層(以下ラノベ層)だけでなく、普段はライトノベルを読まない層が見ている印象がします。タイトルが「スーパーカブ」ということからバイク好きにもアピールしているというのもあるでしょう。アニメサイトなどでも話題になり視聴者層も拡大するわけで、これは当然のことなのですがそれ故に色々と問題になったと思うのです。

今回、この記事を書く切っ掛けはこのあたりにあって、ライトノベル好きとしてはひと言言いたかったのです。

同時期のアニメに「ひげを剃る。そして女子高生を拾う。」という、タイトルだけでダメだろうと思うようなライトノベル原作作品があります。「神待ち女子高生を家に連れて帰る(でも、肉体関係は無し)」的なあらすじを読むかぎり内容的にもどうかなと思ったりもしますが、通常、このアニメを見るのはラノベ層です。それ以外ではこういう作品に寛容もしくは興味を持つ人たち。この作品を現実に照らし合わせて、これは犯罪行為だと文句をつける人はあまりいないでしょう。

極端な話でいえば、ライトノベルはすべてファンタジーです。「剣と魔法の世界」ということではなく、現実ではないという意味でのファンタジー。ライトノベルを読む場合はこの前提をもっていないと読んでいられません。同じ意味でフィクションという言葉がありますが、それ以上にあり得ないこと、ご都合主義がまかり通る世界です。ただ、その中にも楽しめる要素が多々あるので、支持を得ているわけです。

もちろんライトノベルにも一般文芸(純文学だけでなく、大衆文学やエンタメ小説を含みます)として通用する作品もあります。ただ、カクヨム掲載作品が角川文庫に収録されたわけでなく、角川スニーカー文庫に収録されたというのは、出版側もそういう認識だったと思います。

『スーパーカブ』はファンタジー

で、『スーパーカブ』です。これもファンタジーなのです。

まず、主人公の小熊。姓だと思う人も多いかもしれませんが名前です。姓は漢字が難しいのであまり呼ばれないと小説の中(第5巻)であります。スーパーカブ(super cub)に詳しい人からすれば、cub(クマ・ライオン・キツネなど肉食動物の子ども)から取っていることに気づくと思います。小熊という名前の女の子なんてありえません。この時点でファンタジーです。

またアニメではあまり語られなかった両親のいない理由は、「父は小熊が生まれてすぐの頃に事故死、母は小熊が高校に進学した直後失踪」です。児童文学やYA(ヤングアダルト)小説ならこれだけで物語が作れそうなものですが、ライトノベルにおいてはこれが主人公に与えられた属性のための設定です。そこに意味はありません。アニメで多く語られなかったのも、そういう設定だからカットしたのでしょう。ここに触れると悲壮感がでてくるし、スーパーカブを買う話なんかあり得ないですから。

祖父母も既に死んでいて、頼れる親族もいない。高校進学と同時に東京から山梨に来たため、幼なじみや同じ中学校だった人間もいない。他人への関心や執着もない、友達もいない、部活もしていない、趣味らしい趣味もない。このあたりも徹底しています。

普通なら”なぜ、このように育ったのか?”気になるところですが、それらは語られません。要は「ないない尽くしの女子高生」という、ぼっち属性にするために与えられた都合の良い設定です。

1万円のスーパーカブ

色々とファンタジーな設定の作品ですが、1番大きな疑問は「1万円のスーパーカブ」でしょう。「人を3人殺しているから1万円」とのことだったのですが、後にこれはウソであることが解ります。でも、なぜ1万円でこの良質なスーパーカブを販売したのか、きちんと説明されません(業務に使う人に売ると後々面倒だからと語られますが、それが1万円の理由にはならない)。また本体1万円でも、保険や整備手数料がかかるから1万円ですんでいないでしょうが、アライのヘルメットとグリップスワニーの革グローブを付けてもらっているので、実質無料みたいなものです。

もう、主人公がスーパーカブに乗る小説だから、与えられたとしかいいようがありません。勇者が伝説の剣をたまたま手に入れるようなものです。せめて「事故車を寄せ集めて暇つぶしに作ったから、1万円でいいよ。その代わり責任は持てないから、メンテナンスは自分でね」くらいの設定ならまだ納得できたかもなんて思うのですが(これなら後々自分でメンテナンスをする理由も出来る)。

あと、ヘルメットやグローブもブランドものではなくて、よくわからないメーカーのもので充分だと思うのですが、このあたりが「俺のチョイスは良いもの」的な作者のこだわりというか、おっさん志向をそのまま女子高生に与えてしまっています。このあたりはアニメ化に際して原作通りにしなければ良かったのにと思います。

キャンプブームの火付け役とも言われる『ゆるキャン△』の主人公、志摩リンも女子高生としては良い値段の道具を使っています。これらはおじいさんからのもらい物だったり、最初からアルバイトしている様子が描かれ、説得力のある設定です。『スーパーカブ』では夏休みにアルバイトすることになりますが、基本的に都合良く他者からもらえる、中古ショップで偶然安価に手に入るという、ご都合主義的展開が多いです。これもライトノベルの悪い部分での特徴です。

礼子の富士登山

amazon primeのレビューで大批判をあびている第5話「礼子の夏」。ぼっちだった小熊がスーパーカブに乗っているからと言うだけで、色々アドバイスをくれる仲間(作者はかたくなに友達という言葉を使いません)である礼子。夏休みに小熊がアルバイトで稼いでいる間、礼子は郵政カブで富士登山に挑戦したというエピソードです。

これも原作通りの展開。こんなにこけたらケガだらけだとか、ハンドルが……、フレームが……、サスが……とか、まっとうな意見が多いのですが、原作がライトノベルなのでそんなに真剣に指摘してはいけません。このあたりがアニメ化に際してのリアル志向にした失敗(後述)の影響が出た部分であると思います。

スーパーカブで富士山を登った記録があることは、小説の中でも語られています。現在ではほぼ実現不可能なことを敢えて、スーパーカブマニアの女子高生にやらせてみるということがライトノベル的には面白いわけです。「こんなの現実ではあり得ない」ことをするのが面白いわけで、こういうのを楽しむのがライトノベルです。

そのうえで礼子の挑戦と、挫折やそこから生まれる感情を楽しむのです。ライトノベル『スーパーカブ』第1巻の中の、1番ライトノベルらしい楽しめる展開がここであると私は思ってます。

そもそも普通に考えたら、礼子はおかしな女子高生キャラです。美人で勉強も出来る明るい性格。実家はお金持ちで別荘のログハウスに独り暮らし、郵政カブを所有しカスタムしまくり、昼食はいつもそれなりに良い価格がしそうなパンやサンドイッチ。そのくせグローブは軍手が最高とか、パーツを無料でもらってくるとか、けちくさいところもあります。いかにもライトノベルらしい極端な性格のキャラクターです。

ただ第1巻の頃は親身になって小熊にアドバイスを与えているのですが、こちらも小熊以上に倫理観のおかしい女子高生ですので、後々おかしな言動が目立つようになります。それを匂わせるのが、富士登山のエピソードと言えるでしょう。これらもライトノベルらしいファンタジーであると言えます。

カットされたエピソード

アニメは小説を忠実になぞっているのですが、カットされたエピソードがあります。第6話「私のカブ」にあたる部分で、修学旅行をスーパーカブで追いかける途中のエピソードです。

少年のプレスカブが道端でパンクしているのを見て声をかけます。どうしてよいのかわからず途方に暮れている少年と、近くの自転車店までいっしょに行ってパンク修理を依頼するのですが、自転車店はチューブの在庫を切らしている。そこで小熊が自分の予備チューブを使い、小熊の手でパンク修理をします(チューブ代800円はもらっている)。

修理後に少年が小熊の腕をつかみ、お礼がしたい、同じカブ乗りとしてカブの話がしたいとお茶に誘います。そこに助平心を見た小熊が腕を振り払い、少年の膝を鋭く蹴ります。そこで「カブの話。カブのことなら、1つ話すことがある」「カブで転ぶと、もっと痛い」と言い放つのです。

ナンパ男撃退話ともとれますが、小熊の思考は「パンクした自分のカブに何もできないくせに」とか、「同じカブ乗りという言葉に無性に腹が立った」とか、「カブをお部屋で遊ぶおもちゃか何かだと思っている子供と一緒にされたくはない」と地の文で語られます。

このエピソード前にバイクショップの店主にカブのパンク修理は難しいと言われながらも、何事も自身でやりたいとパンク修理を練習する姿が、こちらもアニメではカットされていましたが小説では描かれています。このバイクショップが難しいというパンク修理を自分は出来るようになったからと、パンク修理できない少年を完全に見下しているようです。ちなみにマンガ版では、少年のチャラい態度と言動に腹が立っているように描かれていますが、「カブをお部屋で遊ぶおもちゃか何かだと思っている子供と一緒にされたくはない」は同じように使われています。

小熊の思考としては、スーパーカブに乗るなら自分でパンク修理くらい出来るようになっておけといったものでしょう。自身の価値観を他者に押しつけるシーンといえるのかもしれません。

それまでは性格は暗いけどそこそこ真面目な女の子だったはずなのに、こんな行動をするのか、小熊の性格ってこんなのだった?と一瞬疑問に思うのではないでしょうか。私もちょっと引っかかりました。ここに違和感を抱く読者は多かったようで、小説版の感想ではよくこのシーンが悪い意味で取り上げられています。

また、温泉街近くを走行中、政治家を乗せたらしい黒塗りの車が減速を繰り返すなどの不安定な運転をしているのを見て、毒づくようなシーンもあったりもします。

このあたりはアニメが描きたかった小熊というキャラクターとは違うということで、カットされたのだと思います。これは多分正解で、これらをアニメで描いていれば小熊への共感はもっとなくなっていたと思います。しかし、小説の第2巻以降を読み続けていくと、この姿こそが本当の小熊だったと解ることになっていきます。

2人乗り問題

アニメ『スーパーカブ』で話題になったのが、第6話「私のカブ」で描かれた2人乗り炎上問題です。自動二輪免許を取って1年未満のものは、2人乗りしてはいけないと法で定められています。修学旅行先で小熊はその法を破って、礼子を後ろに乗せて湘南の道路を走ったわけです。ここは小説とアニメでは少し描かれ方が違います。

まず小説で礼子はスケボー用のヘルメット(なぜ持っていたのかは不明)をかぶるだけで、アニメでは付けていたタンデムステップは付けていません。ヘルメットをかぶるという一定の配慮はしていますが、法律を破ることに自覚的に行動しています(著者としては、ヘルメットすらかぶらせず乗せたかったのでは?とも思います)。

そして、地の文でこう描かれます。

自動二輪免許取得後一年未満の二人乗りは禁止されている。小熊は教習所で習ったことを今さら思い出したが、特に解決の優先度が高い問題ではないと判断し棚上げすることにした。

カブによってもたらされた小熊の今の暮らしは交通反則金くらいで揺らぐものではないし、小熊とカブの関係も、走っていればいつかは切られる青キップ一枚程度で変わることは無いだろう。

小熊とカブの関係で描かれていますが、この時点では小熊と礼子の関係と言い換えることも出来ます。法を破ることで描かれる、青春の1ページだと私は思っています。良いシーンです。

アニメではこの法律違反を理解した上で敢えてやっていることを描いていません。無自覚で違反してしまったのとは違うので、ここはアニメの演出の失敗だったと思います。このあたりマンガ版では上手く処理しています。

この2人乗り炎上問題はアニメ『スーパーカブ』を評価する上で、重要な問題をあぶり出してくれたと思います。これは後述します。

第1巻は良質な成長物語

長々と小説につっこんで参りました。こんなファンタジーなライトノベル『スーパーカブ』ですが、私は第1巻に関しては良質な成長物語と思っています。

主人公の設定はあり得ない話ですし、上記に書いたようなライトノベルらしさが多々あります。でも、夢も物欲も、親子を含めた人間関係も、まるで生きる希望すらないような無気力な女子高生がスーパーカブを手に入れたことで、成長していく様子が小さなエピソードを重ねることで丁寧に描かれています(礼子の富士山登山のエピソードだけは別。小熊の夏休みとの対比や物語のアクセントとして重要)。

このあたりはライトノベルらしからぬというか、ライトノベルより少しYA小説寄りで、ちょっと真面目なライトノベルといったところでしょうか。

最初からスーパーカブに乗りたいと思ったわけで無く、たまたま格安で手に入れただけ。でも、それをきっかけに外に出るようになり、興味や物欲もでてきて、そして同じ趣味を持つ仲間が出来た。学校帰りにちょっと立ち寄ったバイク屋、そこでのスーパーカブとの出会いが1人の女子高生の生活を大きく変えたわけです。

物語はこう終わります。

小熊の青春はそんなスーパーカブの生み出した100000000の物語のうちの1つ。

ライトノベル『スーパーカブ』は、スーパーカブ全世界総生産1億台突破記念作品として出版されました。スーパーカブに乗っている人それぞれに物語があると結んでいるわけです。良い終わり方だと思います。

ライトノベルらしい設定を用いつつ、スーパーカブという実際のバイクを使って女子高生の成長を描いた良作ライトノベルです。ただし第1巻だけなら、です。

第2巻以降は残念な小説

さて、そんな良質な成長物語だった第1巻に比べると、第2巻以降は残念な小説です。礼子という仲間を得た小熊がどんな学園生活を送っていくのだろう、スーパーカブでどんな楽しい生活を送ることになるのだろうと期待を抱いて第2巻を読むわけです。

しかし、そこにはスーパーカブを手に入れたことで、あたかも成功者になったかのような物言いの女子高生の物語が描かれていきます。いわゆる上から目線という奴です。アニメ版第7話「夏空の色、水色の少女」で多くの方が違和感を感じたであろう、学園祭の準備での物言いに見られる、いわゆるイキリ小熊です。

第1巻では家にはテレビも無く近くに書店も無い、情報入手手段の無い小熊は、礼子から色々と教えてもらっています。小熊の成長は礼子とともにあったといえます。しかし、スーパーカブという道具を手に入れた小熊は、聖剣を手に入れた勇者のごとく、選ばれし者のような言動になっていきます。学園祭でみんなが困っているならば普通に協力を申し出れば良いものを、なぜか「スーパーカブなら出来る」的な言動をするわけです。誰と戦っているのか? 何故そんなに偉そうなのか?

まだ第2巻ではそれほどではありませんが、他者との関係が増えていくごとに他者を見下す、見た目で判断する(馬鹿にするといった方が良いか)かのような描写が増えていきます。

私はライトノベルのあり得ないような展開とかは許容できるのですが、人間の描写が酷いとどうしても批判的な考えが出て来て楽しめません。悪が酷い考えを持っているのはもちろん良いのですが、それは否定されるものとしてです。小熊の持つ人を馬鹿にするような上から目線は、肯定的に描かれています。多分、第1巻で感じた成長物語の延長線上としては、1番あって欲しくない姿のような気がします。

第2巻の最後、アニメ版の最終話で九州へのツーリングが描かれます。このエピソードは楽しめます。しかし、全体的に端折った感じで、もったいない描かれ方をしています。アニメでも1話だけで描かれもの足りなく感じます。この部分は映画にしたら良いのにと思うくらいです。多分、このような感じのエピソードが第3巻以降も楽しめるのだろうなと思ったら、実はそうではありません。

第2巻から見られる傾向ですが、モノへのこだわりが強くなっていきます。そのきっかけが第2巻で見られる飯盒の「メスティン」。今やキャンプブームで取り上げられることも多くなった、昔ながらのアウトドア用のクッカーです。リサイクルショップで「値段が高いため叩き付けるように戻した弁当箱」よりさらに高いメスティンを購入し、この出会いをスーパーカブの時と同じ気持ちと表現しています。ここが重要で、スーパーカブが特別ではないようです。

ここからモノへのこだわりが増えてきて、アブラッシヴウール、コーヒーやパンに関するウンチクなど、登場するモノにはブランド名が着せられていきます。著者が描きたいのはブランドにこだわる女子高生で、そのチョイスの1つとしてスーパーカブがあるようです。そして、私のチョイスは良いでしょうといわんばかり。このあたりは身につける装飾品にこだわる、もしくは趣味のブランドにこだわるおっさん思考・志向(流行にとらわれず良いものをチョイス)のように思えます。

第2巻以降の小熊は、モノにこだわるちょっとイケてる女子高生(趣味はおっさん趣味)、スーパーカブのメンテナンスから古いバイクのレストアまで出来てしまう女子高生(工業高校男子風)、そして自身の成功譚から他者にも同じような努力や思考を求める高慢な女子高生です。

原作は現在8巻まで刊行されているのですが、読み進めれば読み進めるほど疑問が湧いていくる作品です。そんな作品を何故私は全て読んだのか。それはタイトルが「スーパーカブ」だからです。スーパーカブに乗る人間で、ライトノベル好きとしては気になります。それで読んで失望するわけです。

最新刊の第8巻『スーパーカブ7』から小熊は女子大生になります。大学に進んだ小熊は、借家のセルフリノベーションに、趣味のガレージ作りにカブのレストアと、ますますおっさん趣味全開になっていきます。所ジョージやヒロミのようです。それが悪いというわけではありません。もちろんスーパーカブが活躍するシーンもあるのですが、これは一体何の物語なんだろうと思ってしまいます。もう次巻は読むことはないと思います。

アニメ『スーパーカブ』を語ろうとして、原作へのバッシングになってしまいました。でも、原作に対する違和感があることをわかっていただけたらと思います。

2人乗り炎上問題

話はライトノベルから離れて、2人乗り炎上問題です。

良作と見られていたアニメ『スーパーカブ』ですが、第6話の後にとあるシーンが話題になりました。自動2輪の免許を取ったばっかりの主人公 小熊が、友達の礼子と2人乗りをするシーンです。道路交通法ではオートバイの2人乗りをする為には、免許を取得してから1年が経過していなければならないのです。

ただ、2人乗りに際してはヘルメットをきちんとかぶらせていますし、タンデムステップも付けています(このシーンはなぜかヘルメットに加え、タンデムステップももっているという滅茶苦茶おかしなシーンです)。原作がタンデムステップまで言及していないのに比べ、一応法律を意識した描かれ方にはなっているというわけです(本来はステップを付けたところで、登録として1人乗り用だからダメとのことです。これは知りませんでした)。

ただ、その後は2人乗りでの走行シーンを描き、小熊と礼子は何も言葉を交わしていません。2人乗りで走っていることだけで、叙情的に描きたかったのだと思います。原作小説にはあった法律違反を認識しているとわかるシーンがありませんでした。

ちなみにマンガ版では小熊と礼子の会話で、法律違反のことを述べています。このあたりはメディアの違いがよくあらわれています。地の文で語る小説、絵と会話(セリフ回し)で見せるマンガ、アニメでも色々とやりようがあったと思います。マンガのように会話させるとか、モノローグとして入れるとかです。ただ、これだと説明くさくなってしまいます。そういうことで説明を省いてしまったのでしょう。そのことにより、「免許取得後1年未満じゃない?」と突っ込む余地を与えてしまったようです。

でもこれはアニメオタク的な見方で、昔からよくあるような突っ込みです。それがなぜか炎上問題となってしまいました。それは何故かというと「弁護士ドットコム ニュース」というサイトが取り上げ、yahooニュースなどで拡散されたからです。

原付アニメ「スーパーカブ」、二人乗りに「違反」の指摘も 製作サイドが語った演出意図
アニメ「スーパーカブ」(TOKYOMXなどで水曜深夜放送中、各配信サイトで配信中)で描かれた原付自動車の二人乗りシーンに、「違反なのではないか」との指摘があった。カブのメーカーHondaが協力し、警察ともコ...

作品の視聴者から、「自動二輪免許を取って一年未満での二人乗りは違反」などと、違法行為を指摘する声が上がった。

記事中にあるのは、実況しながらのTwitterのつぶやきで軽い突っ込みです。この記事を見た後にどれくらい法律違反を指摘するツイートがあったのか、検索してみたのですがそれほど炎上しているようには見えません。興味のある方は、「#スーパーカブ since:2021-5-12 until:2021-5-19」で検索してみてください。

この弁護士ドットコムニュースの記事に対するヤフコメの書き込みは、フィクションだからいいだろ的な意見が多くて、法律違反に対して炎上した様子はありません。むしろ、法律違反だと指摘するバカバカしさに炎上したと言えるでしょう。その後、原作著者が余計なことをTwitterでつぶやいたため、さらに話題になったとも言えます。それについては↓こちらが詳しいです。

https://www.menuguildsystem.com/superr-cub-two-seater-problem/

ただ、上記の記事で若干順番が逆に逆になっているところがあります。

アニメの感想がつぶやかれたのが、5/12~13あたり。この段階で炎上はしておらず、アニメを見た人からの突っ込み、及び指摘。52ccへのボアアップされていることなど、問題をきちんと認識されていないモノもありました。また、法律違反だからダメという意見の後、原作では違反を認識した上での行動だと指摘があれば、今度はホンダが協力しているのにとか、警察とタイアップしているのにといった書き込みも。

その後、5/26に弁護士ドットコムニュースの記事が公開。法律違反の指摘があったとのことで、制作者側に問い合わせています(指摘があったとのことだけで、炎上したとは書かれていません)。この記事を受けて著者トネコーケンさんがつぶやいています。だから上記のサイトは逆。法律違反の指摘で炎上したのでは無く、弁護士ドットコムニュースが炎上のきっかけです。

これを受けて色々な意見が交わされました。その上アニメ好き芸人のハライチ岩井勇気さんがつぶやいたりもしています。

これはフィクションにリアルな話を持ちこむなという意見でヤフコメでも多く見られましたが、これはちょっと的外れな感じがします。

また、松本人志さんがコメンテーターを務めるTV番組「ワイドナショー」でも取り上げられるなどしました。ここにはハライチ岩井勇気さんや古市憲寿さんも登場して、意見を言っていました。その後、古市憲寿さんはこういう記事を書いています。まっとうな意見です。

Yahoo!ニュース
Yahoo!ニュースは、新聞・通信社が配信するニュースのほか、映像、雑誌や個人の書き手が執筆する記事など多種多様なニュースを掲載しています。

そんなこんなで色々な意見が出ておりますが、注目すべきつぶやきあります。

ライトノベル「ソードアート・オンライン」の作者、川原礫さんのつぶやきです。「エシックライン」という言葉は調べても直接出てこないのですが、エシック(倫理や道徳)の境界線という意味のようです。フィクションだからといって、何でもかんでも許容するのでは無くて、その作品の世界により感じる違和感があるということ、と私はとらえました。

そんな中6/23に公開された文春オンラインの前田久さんの記事が素晴らしいです。

『スーパーカブ』の“リアルすぎる表現”にみる日本アニメ35年の「リアルと嘘」 | 文春オンライン
1958年に生まれ、それから半世紀以上もの長きに渡り、細かな改良を続けながら生産され続け、今なお世界中に乗り手を増やし続けている、オートバイのスタンダード「スーパーカブ」。日々の暮らしに、仕事に、欠か…

前半でアニメ『スーパーカブ』のリアルさを語り、2人乗り炎上問題から「リアリティライン」という言葉で、川原礫さんの「エシックライン」と同じように、アニメにおける「リアルと嘘」のバランスを語っています。

日本のアニメは劇場作品に限らず〈劇〉の要素を強め、現実離れした描写によって生まれる映像の快楽と現実に根ざしたリアリティとの間でせめぎ合いながら、適切なバランスの線引きを探り続けてきたように、私には感じられる。リアルだと思わせる作品の中に巧妙に嘘が混ぜ込まれ、逆にファンタジーの説得力を増すためにリアルな描写が突き詰められる。

ファンタジーをリアルに描いてしまったための失敗

私がアニメ『スーパーカブ』について考えたことは、「ファンタジーとリアル」です。前田久さんのような素晴らしい記事がある中で、私が自身の言葉で書きたかったのは、ライトノベルとアニメの関わりといった部分があるからです。

原作の無いオリジナルのアニメは別として、アニメ『スーパーカブ』にはライトノベルの原作があります。それをアニメ化する時のコンセプトに問題があったのでは無いかと。アニメは原作第1巻をコンセプトの中心にしているはずです。

ないない尽くしの女子高生がスーパーカブを手に入れたことにより、世界が広がり成長する姿をリアルに描く。

これを満たすためにホンダの協力の得て、スーパーカブやその操作をよりリアルに描いています。また、山梨の風景は美しく描かれ、音楽はクラシックを使い非常に落ちついた雰囲気です。ライトノベルのアニメ化としては、いわゆる萌えアニメではありません。見た目から想像するのは、児童文学やYA小説のアニメ化です。

そしてまさしくアニメはその方向性で第4話まで進むわけです。そこに第5話「礼子の夏」で、現実ではあり得ない話が描かれるわけです。両親がいないとか1万円のスーパーカブは設定として許容できたとしても、スーパーカブで富士登山に挑むというのは荒唐無稽すぎ、転んでもケガしない、バイクが壊れないというのは、それまでのリアルに描かれていた世界の中では許容できない人も多かったでしょう。それがamazon primeのレビューなんかで爆発しているわけです。

第6話の2人乗り炎上問題もアニメ演出上の問題があったとはいえ、リアルにこだわったゆえに起こったのでしょう。初期の小熊は公道での30km/h制限を守るなど、あまりにも優等生的です。それが違反行為をするとことさら違和感を抱いてしまうわけです。後々見られるような小熊の酷い言動が最初から描かれていれば、小熊ってこういうことやりそうだなと理解できたはずです。ちなみに原作では警察の交通取締に毒づくような言葉が出てきたりもしています(もちろんアニメではカット)。

第11話で川に落ちた椎をスーパーカブの前かごに入れて運ぶシーンはもはやギャグだと、取り上げられたりもしました。しかし、ライトノベルとしてはこれが正しい姿です。要はスーパーカブが活躍する話なので、理由はどうであれこれでよいのです。一般の小説とは違うのです。

アニメ化が決定した時は、すでに小説は3巻ほどまでは出版されていたと思うのですが、小熊の性格やライトノベルらしい物語展開を考えずに、リアル路線で進めてしまったのが失敗だったのではないかと思うのです。本当にリアル路線で進めたいならば、プレスカブの少年に対する部分をカットしたように、富士登山もカットした方が良かっただろうし、荒唐無稽な救出シーンももっと穏やかに描けば良かったはず。原作のファンからしてみれば、原作通りのアニメ化が望ましいわけですが、アニメ化の際にしっかりとしたコンセプトを決めたのであれば、それにそったアニメなりの改編があっても良かったのにと。著者は拒否するかもしれませんが。

アニメ第2期はどうなるのか

アニメ『スーパーカブ』の第2期が作られるのかどうかわかりませんが、もし作られるとすればどういう風に作られるのか興味はあります。

小説第3巻では、椎の妹慧海が登場。1人でサバイバル生活するようなこちらもおかしな少女です。何故か小熊は彼女のことがお気に入りで、椎からの言葉は適当にかわして彼女のことばかり気にするように。残念ながら椎はコーヒー及び食料供給係と化します。そして迎えた夏、今度は雑誌の企画として、小熊と礼子は提供されたクロスカブで富士登山に挑戦します。結果失敗するのですが、何故か数日後に自分たちのカブで登頂成功。しかし、その影響か、調子を悪くした小熊のスーパーカブ。今度はエンジンばらしに挑戦します!

そして続く第4巻では、バイク便のバイト(ホンダVTR使用)にいそしみつつ、慧海の友達 史を立ち直らせるべく? 倉庫に眠っていたモトラをレストア! そして、棒人間と蔑むように呼ぶ解体屋の主人の恋愛模様に首をつっこみ、キャンピングトレーラー・エアストリームを買わせます!そして、最後に礼子とともに地震により取り残されてしまった地域への災害救助をやってのけます(このエピソードはなかなか面白いです)。

そして問題の第5巻。事故にあって入院生活を送ることになる小熊。高校のクラスでは上手く人間関係を築けないのに、何故か病室では上手く立ち回り人間関係を築いていきます。同室のバイクで事故をした女性を屋上に連れ出して「死んでハイハイからやり直せ」と言い放つ迷シーンが印象的です。

第6巻は小熊、礼子、椎の卒業旅行。カブで東京を走ります。

以上、第3巻以降高校を卒業する6巻までのだいたいの内容です。いずれも小熊の上から目線が読んでいてつらかったりします。また、地の文では馬鹿とか、クソ野郎とか、あの野郎とかが飛び交います。第4巻に登場する史という女子に対しては幽霊、史の母は悪魔、棒人間にマルーンの女と見た目などから酷い呼びかたもします。ほんと口が悪い女子高生です。富士山登山への再挑戦や災害救助、卒業旅行などはわりと楽しめるのですが、それ以外には疑問の残る話が多いです。特に第5巻は酷い。

これらを山梨の純粋な女子高生の成長物語の延長として、上手く描けるのかなと。第2期があるとすれば、非常に楽しみです。