【単巻名作ラノベを巡る旅5】『塩の街-wish on my precious(有川 浩)』を読んで【読書メモ】

さて、今回も名作ラノベを巡る旅です。「図書館戦争」でブレイクし、たくさんの作品がドラマ・映画化されるなど、今や大人気のエンタメ作家 有川浩のデビュー作「塩の街-wish on my precious」の紹介です。

塩の街-wish on my precious

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著者:有川浩
イラスト:昭次
文庫:電撃文庫
出版社:メディアワークス
発売日:2004/2/1

塩が世界を埋め尽くす塩害の時代。塩は着々と街を飲み込み、社会を崩壊させようとしていた。

その崩壊寸前の東京で暮らす男と少女。男の名は秋庭、少女の名は真奈。静かに暮らす二人の前を、さまざまな人々が行き過ぎる。あるときは穏やかに、あるときは烈しく、あるときは浅ましく。それを見送りながら、二人の中で何かが変わり始めていた。

そして―「世界とか、救ってみたいと思わない?」。そそのかすように囁く男が、二人に運命を連れてくる。

第10回電撃ゲーム小説大賞・大賞受賞作。圧倒的な筆力で贈るSFラブ・ファンタジー。

電撃文庫版は絶版のため、中古品のみ流通しています。

読んだ感想

第10回電撃ゲーム小説大賞受賞作であり、今や大人気作家の有川浩のデビュー作。後述しますが、後のハードカバー版およびその文庫「塩の街」とは、少し内容が違います。あくまでも電撃文庫版の感想です。

謎の巨大隕石の落下と同時に、それらを見た人たちは体内から塩と化してしまう。その現象は”塩害”と呼ばれ、さらに広がりをみせていく。風雨にさらされ、塩の柱と化した死体が林立する街。そんな終末の世界が舞台の物語です。「旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。」の時にも書いたのですが、今年の新型コロナウィルス感染拡大という、ある種の終末感を漂わせる事象が発生した状況で読むと、リアリティを感じながら読むことができます。

基本的には元自衛官の戦闘機乗り秋庭と普通の女子高生 真奈の物語ですが、第1章と第2章は彼らと出会う人をメインとした、短編小説風の作りになっています。この2つの章が印象的。世界が終わりに向かう中で、そして自身にも死が迫り来る中で、どういう最後をむかえるのか。この2つの章は、終末の世界を舞台にした、人間を描いた物語です。

しかし、連作短編風にこの街を舞台とし行き交う人の姿を描いていくと思いきや、第3章からは秋庭と真奈のラブストーリーと化していきます。第3章では真奈のトラウマを、第4章からは世界を救うための行動を描いていきます。しかし、そこで描かれるのは真奈の恋心が中心。真奈の視点で話が進んでいくので、電撃文庫の読者層であるはずの男子から見ると、違和感を感じるはずです。

SF的な部分を見ても、ちょっと理解できないところも多いです。塩化現象の原因である結晶体が暗示性形質伝播物質であり、生物であると述べられているのですが、このあたりがよくわかりません。結局は地球に降ってきた結晶体も、それを見たことにより塩化した(形質をコピーされた?)人も、成分的にはほぼ塩。それを生物といってしまうのが謎です。ちなみにテレビレポーターが塩化した人をなめ、「食塩の味がします!」といっているシーンは笑えます。生物といっているのは推論としても、生物といわずに異星人の侵略兵器くらいで良かったのでは。ただ、どちらにしてSF的味付けの部分であり、描きたいのは恋愛なので、どうでも良かったのかもしれませんが。

SF的な世界設定なのに粗さが目立ち、中高生男子の予想を裏切る恋愛物語中心に話が進むので、期待していた物語と違う、そう感じた人が多いのではないでしょうか。最後は少年ものらしく、塩化現象の元凶を破壊するミッションがあり、自衛隊の組織や戦闘機に関しての描写も詳しくなされておりますが、おまけのようなものです。本当に描きたいのが、少女の恋心なのだとすれば、逆にこれらは蛇足ともいえるかもしれません。

これは少年向けのラノベでなく、少女向け作品だと強く感じます。あらすじではSFラブ・ファンタジーと書かれていますが、SF風味の完全なラブストーリーです。

もし、これが(出版社は違いますが)コバルト文庫から発売されていたら、どういう評価を得たのか。たぶん、少女小説の名作としてあげられていたのではないか、そんな風にも思います。(もちろん、SF設定が敬遠されて、全く受け入れられなかった可能性もありますが)

読み終えた思い出したのが、若かりし頃「あたしの中の…」や「グリーンレクイエム」に感動し、手に取った新井素子の「星へ行く船」シリーズ。SF作品を期待したのに、その甘々な内容に3巻くらいで読むのをあきらめてしまいました。女子向け作品はちょっと…という、もう30年近く前の思い出がよみがえります。それ以降、コバルト文庫作品に手を出すことはありませんでした。

話はそれましたが、ライトノベルとしては文章もうまいし、物語としても破綻している訳ではありません。しかし人気作家の作品にもかかわらず、この作品を名作ラノベにあげる人はほぼいません。どんなに作品の出来が良くても、電撃文庫を読む層(ほとんどが男子)が期待するところと、大きく違ってしまってしまえば、やはり評価は得られないということだと思います。

気になったところ

気になるところが何点かありました。まずは作中で人が塩になる現象を、”塩害”と呼んでいるところが非常に気になりました。”塩害”というと、植物や建物への塩分を起因とする害のことを思い浮かべてしまいます。”便宜上塩害と呼ばれた”と作中にあるのですが、これは呼びやすかったからということなのでしょうかね。現象に対して害と呼ぶことに疑問を覚えてしまい、最後まで違和感が拭えませんでした。どうでも良いことですが。

また現在、この作品を「空の中」「海の底」とあわせて、自衛隊三部作などと呼び、陸上自衛隊を描いているようにいわれていますが、他の作品と比べて自衛隊の活躍は描かれていません。秋庭は元航空自衛隊のパイロットですし、非常に違和感があります。売るための方便なのでしょうが、自衛隊の物語を期待すると、だまされた気がするでしょう。

さらに「出版社側は当初、ハードカバーとして出版することを望んでいたが、電撃ゲーム小説大賞(当時)の大賞を受賞したがゆえに文庫として出さざるを得なくなった」とWikipediaにあります。これが本当なら、出版社(編集担当?)が電撃文庫から出したくない作品を、大賞に選んだ選考委員にも問題があったのではと思います。(なお、この時の銀賞が「先輩とぼく」で、男女入れ替わりラブコメの傑作だと思ってます。こちらの方がオススメ)

そして、一番の問題点はイラスト。ライトノベルにおけるイラストの重要さは、いまさら語る必要はないと思っています。大賞受賞作品に用意されたのが、このイラストなのかと。絵柄に関しては、この当時はやっていたであろうエロゲー風なのは、まぁ許せます。しかし、キャラクターの描き分けが髪型と眉毛くらいで全員一緒、人物デッサンって何?な体形です。しかも、作品タイトルが「塩の街」なのに、背景描写が全くないのも疑問です。せめて塩の柱が立っているシーンくらい、描けなかったのかと。著者が希望したという、見開きでのF14のイラストも一番の見せ場なのに、その描写は残念といわざるをえません。もう一度いうと、大賞受賞作品に用意されたのが、このイラストなのかと。

ハードカバー版「塩の街」

次作「空の中」以降の有川作品は、すべてハードカバーでの出版になります。

その後「塩の街」もハードカバーで出版(のち文庫化)されることになるのですが、改稿がおこなわれています。あとがきにてハードカバー出版の経緯が書かれていました。wikipediaにあるように、担当者は最初からハードカバーでの出版を考えていたようですが、大賞を受賞したため電撃文庫からの発売になったとのこと。担当者は「この作品は絶対に大賞を取れない!と確信していた」とあるように、作品の内容から電撃文庫向きの作品ではないと考えていたのでしょう。大賞に選ばれたことが、不思議ですね。

図書館戦争のヒットもあってか、改めてハードカバー版が出版されたわけですが、応募原稿に近い形にしたようです。変更点もあとがきに解説されています。第1章の登場人物遼一の年齢、主人公である真奈の年齢を本来の設定に戻したとのこと。

そして、最後に秋庭が結晶体を破壊に向かい爆破するシーン。ここは本当にバッサリとカットされています。電撃文庫向けに「ヒーローの見せ場」として必要とされた、とあります。感想のところに書いたように、恋愛物語ととらえた時に、蛇足のように感じたもの当然でした。ただ、これを有るバージョンを読んだ後だと、出撃後すぐに戻ってくるので、これはこれで違和感を感じてしまいました。

電撃文庫版ほどマニアックな書き方はしないまでも、破壊するシーンくらいはあってもよいのではと思います。また、米軍パイロットが破壊後に振り返って塩化してしまうシーンは、入江の話にも出ててきた旧約聖書のロトの妻が塩の柱になったことを想起させ、「塩の街」自体のイメージを補完するものとして、面白いシーンだったと思うのですが。

そして電撃文庫版で著者が希望したという、見開きでのF14のイラストが違うイラストレーターの絵で収録されています。唯一のイラストですが、一連のシーンがないため効果が弱くなっています。イラスト自体は電撃文庫版より良いですけどね。

「塩の街」以外にも、ハードカバー版では「塩の街、その後」として、4つの短編が収録されています。どれも甘々な話なので、電撃文庫版に共感できなかった私には、こちらもちょっと無理でした。

ずいぶんと前に自衛隊3部作と呼ばれる作品の残り2つ「空の中」と「海の底」は読んでいたのですが、ここまで甘々な印象は受けませんでした。「阪急電車」や「フリーター、家を買う」「シアター」なども読んでいて、それらは割と好きだったのですが、何故か「塩の街」だけは苦手です。ちょっと甘々すぎますね。

電撃文庫版は現在は絶版で、新品として流通しているのはハードカバー版を文庫化した、角川文庫のものとなります。