セカイ系の名作ラノベ『イリヤの空、UFOの夏(秋山瑞人)』を読んで【名作ラノベ】

さて、今回は名作ラノベのひとつ『イリヤの空、UFOの夏』を読んだ感想です。少し前の話ですが6/24はUFOの日ということで、Twitterでこの作品のことがつぶやかれており、積読本であったこれを手に取った次第です。ネタバレがあるのと、好意的な評価では無いので『イリヤの空、UFOの夏』が好きな方や未読の方は読まないでください。

名作といわれているけどちょっと……、とモヤモヤが残った方は共感してもらえると思います。

イリヤの空、UFOの夏

『イリヤの空、UFOの夏』とは

もともとは電撃hp(でんげきエイチピー)という小説雑誌で、2000年から2003年にかけて連載されていたものを、全4巻で文庫化したもの。文庫化の際に書き下ろされたエピソードもあります。発表当初の評価は、当時ラノベを読んでいない私にはわかりませんが、OVA・ラジオドラマ・ゲーム・漫画などが作られていることからそれなりに評価が高かったことが想像出来ます。

連載開始から20年以上経った現在の評価としては、セカイ系を代表する作品、ライトノベルの名作といわれています。なお、セカイ系の定義としては、「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」(Wikipediaより)。セカイ系の定義は色々あるのですが、この定義における代表作が、新海誠のアニメ『ほしのこえ』、高橋しんのマンガ『最終兵器彼女』、秋山瑞人の小説『イリヤの空、UFOの夏』の3作です。

いまいちセカイ系というのが理解できない私としては、この作品を読むことでもう一度セカイ系とはどういったものか理解してみようとチャレンジすることにしてみました。なお、この作品は笹本祐一『妖精作戦』のオマージュ・影響を受けているともいわれています。そのあたりについても後述したいと思います。

イリヤの空、UFOの夏 その1

「6月24日は全世界的にUFOの日」新聞部部長・水前寺邦博の発言から浅羽直之の「UFOの夏」は始まった。当然のように夏休みはUFOが出るという裏山での張り込みに消費され、その最後の夜、浅羽はせめてもの想い出に学校のプールに忍び込んだ。驚いたことにプールには先客がいて、手首に金属の球体を埋め込んだその少女は「伊里野可奈」と名乗った…。おかしくて切なくて、どこか懐かしい…。ちょっと“変”な現代を舞台に、鬼才・秋山瑞人が描くボーイ・ミーツ・ガールストーリー、登場。

収録エピソード:「第三種接近遭遇」「ラブレター」「正しい原チャリの盗み方-前編-」「番外編・そんなことだから」

あとがきによると、電撃hpの7~9号に連載された3話分にちみっと修正をかましてまとめたもの。番外編は書き下ろし(と思われます)。

第1巻は物語のプロローグで人物や世界の紹介が中心で、1冊をかけての大きな盛り上がりはありません。これは元が雑誌連載で、文庫本書き下ろしではないから仕方がないですね。「ラブレター」の終盤など収録各話ちょっと引っ張りすぎなところもあり、回りくどいというか展開がゆっくりでじれったいとも思います。謎の美少女と主体性のあまりない少年、それらを取り巻く人物、そして不穏な世界。色々なことを匂わせつつ平穏な学園生活が描かれ、物語がどう展開していくのか次巻が楽しみになります。

イリヤの空、UFOの夏 その2

イリヤの空、UFOの夏 その2 (電撃文庫)
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浅羽直之と伊里野加得の初めてのデート。それを尾行する者が、一人、二人、三人…当然のことながらただですむわけが無く、実際に“ただではないこと”が起こり―『正しい原チャリの盗み方・後編』。文化祭といえばカップルで踊る最後のダンス!というわけで園原中学の大騒動文化祭と秋山流“恋の鞘当て”を描いた『十八時四十七分三十二秒・前後編』。以上、「電撃hp」に大好評連載された三編に書き下ろし番外編『死体を洗え』を加えたボーイ・ミーツ・ガールストーリー第2弾。鬼才・秋山瑞人が贈る少年と少女と夏とUFOの物語は始まったばかりです―。

収録エピソード:「正しい原チャリの盗み方-後編-」「十八時四十七分三十二秒・前編」「十八時四十七分三十二秒・後編」「番外編・死体を洗え」

あとがきによると、電撃hpの10~12号に連載された3話分にちみっと修正をかましてまとめたもの。番外編は書き下ろし。

2巻を読んだ感想として、まず思ったのが焦れったいということ。イリヤの謎も不穏な世界の状況もなかなか明かされず、主人公 浅羽の周りで起こる出来事ばかりが長々と語られます。前巻から続く「正しい原チャリの盗み方」は浅羽妹の兄への思いが、「十八時四十七分三十二秒」では学園祭における浅羽を思う同級生須藤の姿が描かれていますが、意味ありげに謎だけが語られ、余計なことばかりのようでなかなか本題に入ってくれません。

学園祭に関してはラストシーンは良いのですが、途中が本当に冗長です。ラノベや漫画、アニメでは学園祭がよく描かれるのですが、こんな馬鹿騒ぎのような学園祭って本当にあるのかなといつも思ってしまいます。私がいた高校や中学の学園祭のイメージと全く違うので、こういうのってすごく嘘っぽく感じるのです。そしてこの馬鹿騒ぎがおこなわれている学園祭とは裏腹に、世界では何かが起こっておりヒロインはそれに駆り出されています。何が起こっているのか知りたいのに、それが描かれないという焦れったさです。

ちなみに作中で主人公たちは中学生なのに、原付に乗るし酒もたばこも飲みます。この小説世界での常識が描かれないため、その行いが不良的な行為なのか一般的な行為かわかりませんが、学園祭のイメージも含め大学生くらいの生態です。このあたり学園祭という物語を盛り上げるためになのかどうか、14歳という少年の設定にしては、都合よくしすぎているかなとも思えます。

最後の番外編は単独では面白いのですが、何故ここに配置されているのかよくわかりません。第2巻は割とイライラが募りました。

イリヤの空、UFOの夏 その3

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浅羽を巡る恋の三角関係が進行中、ということで、ついに伊里野と晶穂の正面切ったバトルが発生!最終決戦の場となった「鉄人屋」では…!血と涙が吹き荒れる『無銭飲食列伝』。突然、園原基地付近で起こった爆発。北からの攻撃、輸送機の事故、UFOの墜落とさまざまな憶測が飛び交う中、水前寺はひとり、爆発事件の取材に向かった…緊迫の『水前寺応答せよ・前後編』。水前寺テーマが「超能力は果たして実在するか」であった頃、つまり浅羽がまだ一年生のころを描いた『番外編・ESPの冬』。以上、「電撃hp」に大好評連載された四編を収録したボーイ・ミーツ・ガールストーリー第3弾。

収録エピソード:「無銭飲食列伝」「水前寺応答せよ・前編」「水前寺応答せよ・後編」「番外編・ESPの冬」

あとがきによると、電撃hpの15~18号に連載された4話分にちみっと修正をかましてまとめたもの。

まずはイリヤと須藤の大食い対決を描く、「無銭飲食列伝」が強烈な印象を残します。ちょっと汚いと思いつつも学園ものとしてなら、1巻からここまでの中では1番面白いエピソードといえます。

そしてついにやっと、「水前寺応答せよ・前編」で、ひとつの爆発をきっかけに物語は動き出します。物語としてはここからが本番で、平和な学園生活は終わり、不穏な世界の状況が見えてくるはず……

と思ったのですが、描かれた大食い・早食い、保健の先生との殴り合い、虫を取り出す各シーンのインパクトが強烈すぎて、物語の印象がかすんでしまいました。とにかく読んでいて嫌になりそうなくらいの強烈なインパクトを与える描かれ方。実際読み終えて、それらのシーンは印象に残っているのですが、さて世界はどう動いているのかなんとなくしか覚えていないという始末です。

物語の最後で浅羽とイリヤの逃避行が始まるのですが、世界の行く末より2人の行く末に興味を持たせる展開で、これこそがセカイ系なのかと思ってしまいました。

イリヤの空、UFOの夏 その4

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伊里野と一緒に逃げ出した浅羽。二人の前にはかすかな幸せとその幸せを圧倒する様々な困難が待ち受けていた。次第に破壊されていく伊里野を連れ、疲弊した浅羽が最後にたどり着いた場所は…!逃避行の顛末を描いた『夏休みふたたび前・後編』と『最後の道』。榎本によって明かされる様々な謎。伊里野は浅羽の目の前から姿を消し、そしてその代償のように平穏な日々が戻ってきた…かに見えた。だが…!感動の最終話『南の島』。以上、「電撃hp」に大好評掲載された四編に文庫書き下ろしのエピローグを加えて、ついに伊里野と浅羽の夏が終わる。ボーイ・ミーツ・ガールストーリー、完結。

収録エピソード:「夏休みふたたび・前編」「夏休みふたたび・後編」「最後の道」「南の島」「エピローグ」

あとがきによると、電撃hpの20~24号に連載された4話分にちみっと修正をかましてまとめたもの。「エピローグ」は書き下ろし。

2人の逃避行も所詮はお釈迦様の手のひらの上、2人は連れ戻されイリヤはふたたび戦いへ。最後の最後まで戦いの詳細はよくわからず。よくよく考えると、浅羽とイリヤのプールでの出会い・学校での再会があって、それ以降は浅羽と妹、浅羽と須藤、須藤とイリヤ、浅羽と水前寺・榎本・椎名などなど、浅羽とイリヤとその周囲の関係性をじっくりと描いているというか、それこそがこの物語のメインで。

「南の島」でやっと、戦いに向かうイリヤが残酷にも描かれます。耳なし芳一のように全身に寄せ書きのメッセージが書かれたイリヤの姿は、強烈なインパクトです。ここでは浅羽とイリヤの関係性が、大人の手によって利用される姿が描かれるわけです。最後の最後で浅羽は世界が滅んでも良いから、イリヤを戦いにむかわせないと「イリヤが好きだ」といい、イリヤは「浅羽のためにだけ戦って、浅羽のためにだけ死ぬ」といって出撃。イリヤのその後は描かれません。

「エピローグ」で浅羽たちのその後が描かれますが、イリヤがどうなったかは語られず、平和な日常が描かれます。

『イリヤの空、UFOの夏』とは何だったのか

読み終えて結局この物語は何だったんだろうと、しばらく考えました。全巻読み終えて印象に残っているのは、死体洗いのバイトと女子高生の大食い対決でした。結局、世界がどのような状況で、イリヤの活躍でどうなったのか等は語られないまま。SF的な設定の物語なのに描かれていたのは、まるで恋愛小説のような物語でした。

これってSF的な設定で無くても良い物語なのでは?とも思いました。決してそんなことはないのですが、SFを読もうと思ったら、恋愛小説だったというガッカリ感。もちろん、「ボーイ・ミーツ・ガールストーリー」と謳われているのですし、タイトルにUFOとあるからそれと戦う話を期待していたのではありません。しかし、何かと戦っている美少女がいて色々と世界を匂わせたわりに、着地点が「好きだ」とかなんとかの物語。

恋愛小説が悪いわけでは無いですが、私は嫌いです。世界の状況が2人の恋愛問題に帰結するなんていうのは、チープに感じてしまいます。セカイ系とは「SF的設定を持った恋愛小説で、恋の成就と世界の状況が関連する物語。恋愛を描くのが中心で、世界の行く末はどうでもよい」といった認識です。

20年代の現在ではセカイ系と呼ばれるジャンルはなくて、TVアニメ『エヴァンゲリオン』から始まり、2000年代初頭までの一過性のブームだったのでしょうか。

笹本祐一『妖精作戦』との類似性

『イリヤの空、UFOの夏』のレビューや感想を読んでいると、よく登場するのが笹本祐一『妖精作戦』。出典は明らかではありませんが、それへのオマージュだとか、影響を受けているとかいわれています(本人がオマージュだといっているという記述もありますが、詳細不明)。酷いことをいう人は「イリヤはパクリ」なんて書いていたりもしますが、全くもってそんなことはありません。

笹本祐一『妖精作戦』は全4巻の作品で、初出が1984年頃の作品です。今ではライトノベルの元祖などと呼ばれ、この作品に影響を受けたと公言している作家もいます。私が読んだところでは、それほど似ているとは思いませんが、類似点をあげるとすれば、三つほど。

ひとつ目は主人公の主体性のなさとか存在感の無いところ。これはイリヤの後半で主人公がそれなりに行動を起こしていることから、当初のイメージだけの類似性です。ただどちらも無力ではあるのですが、これはオマージュなどと言うより普通の学生として描けば似たようになるのだと思います。

二つ目は学園祭。笹本祐一の『妖精作戦PART2 ハレーション・ゴースト』では1冊丸々学園祭での出来事が描かれ、オタク的な内容で当時評判を得たようです。イリヤでもちょうど同じ2巻で学園祭が描かれているので、似たような印象を持つのかも。どちらの学園祭も高校生や中学生のものとしては非現実的で、私としてはラノベや漫画、アニメで描かれる学園祭に疑問なのですが、こういう馬鹿騒ぎの学園祭を好きという人は多いようです(漫画だと『究極超人あ~る』とか、アニメでは『うる星やつら ビューティフルドリーマー』、ラノベだと『涼宮ハルヒの憂鬱』などもそうですね)。

三つ目は、イリヤの水前寺と妖精作戦の沖田、キャラクターが似ているということでしょう。中学生と高校生の違いはあるものの、普通の学生であるはずがとてつもない行動力と能力を持っていて、主人公を上まわる活躍を見せるというもの。イリヤでも妖精作戦でもこれらのキャラは人気があるようです。

以上の三つが類似しているところで、筋立ても全く似ていなくて、これをしてパクりだなんていうのはもってのほかです。好き嫌いはともかく、内容としてはイリヤのほうがしっかりとしています。もちろん書かれた時代が違うので当然ですが。

妖精作戦は良くも悪くもドタバタアクション小説。ボーイ・ミーツ・ガールなストーリーではありますが、それは重要ではありません。それに対してイリヤは恋愛小説のようなものです。肌触りが全然違いますね。多分『妖精作戦』信者は、なんでもかんでもこれが原点といいたがっているような印象です(個人的な感想です)。