【90年代単巻ラノベを読む】『グッバイ万智子(菊地 秀行)』を読んで【読書メモ】

さて、今回は80年代ソノラマ文庫で「吸血鬼ハンター”D”」シリーズや「エイリアン」シリーズが大ヒット、伝奇アクション小説で有名な菊地秀行の『グッバイ万智子』を読んだ感想です。これ、奇書です。

グッバイ万智子

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著者:菊地秀行
イラスト:北原文野
文庫:スーパーファンタジー文庫
出版社:集英社
発売日:1991/11

ある夏の日。「乗っていかない?」車の中から声をかけたのは万智子。声をかけられた少年は、風に身をまかせる風来坊。それ以上は相手について何も訊かず、自分について何も語らない、そんな2人の旅が始まる。2人はそれぞれ別の何者かに追われていた。その追手からの攻撃や、訪れる土地で出会う奇妙な現象に、目に見えない不思議な力で対処していく万智子。自分の理解を超えた力を持つ万智子に、少年は次第に惹かれていく…。果てしなく続く道を、2人を乗せた甲虫が疾走する―。

スーパーファンタジー文庫は、集英社が1991年3月から2001年4月まで刊行していたファンタジー・ライトノベル系の文庫レーベル。1988年から刊行された角川スニーカー文庫や富士見ファンタジア文庫の成功を見て、そのブームに乗っかって作られたようです。90年代半ばを過ぎると異世界ファンタジーブームの終焉もあってか、00年からスタートしたスーパーダッシュ文庫に継承される形で終了。

“スーパーファンタジー”を名乗っていますが、異世界ファンタジーだけでなく和風ファンタジーやSF作品・ミステリなども刊行されたとのこと。今回読んだ『グッバイ万智子』は、近未来SFファンタジーといったところでしょうか。しらんけど。

読んだ感想

読んでいる途中に何度か、そして読み終えて、声を上げて笑ってしまいました。この小説はコメディでもパロディでもないので、この笑いは”なんじゃこりゃ?”的なあきれた笑いです。文字は読めているのに、全くもって内容がよくわからないのです。文章も比喩的な表現が多いし、実際に起こったことはきちんと描かず、匂わせるような描き方です。

思い浮かんだのが、定義はさておき”これは奇書である”ということ。”奇書”という言葉が、ピッタリのような気がします。たくさんジュブナイルSFやラノベを読んできましたが、”奇書”という言葉が浮かんだのは初めてです。

奇書 概要

日本においては、奇抜・不可思議なアイディアや設定を取り入れた異端文学というニュアンスの傾向が強い。

日本の三大奇書は、夢野久作『ドグラ・マグラ』(1935年)、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』(1935年)、中井英夫『虚無への供物』(1964年)とされる。これに竹本健治『匣の中の失楽』(1978年)を加えて四大奇書ともいう。
『匣』は入らないという見解もあるらしいが、それに関しては後述。

出典:ニコニコ大百科 奇書の項より

日本の三大奇書はミステリのジャンルにおいてのことなので、ここでは関係はありません。今回においては、訳のわからない奇妙な小説というニュアンスが強いかも。

通常、訳のわからない小説を読むと、つまらないと思うものです。もしくは、最後まで読み切ることが出来ずに投げ出してしまいます。しかし『グッバイ万智子』はあきれて笑いながらも、最後まで読み切ることが出来ました。つまらないわけではありません、わからないのです。

そもそも世界の設定がわかりません。いつの時代なのか、どこなのか。文明的な部分から多分近未来で、日本なのかアメリカなのか中国なのかはわかりませんが、多分地球のどこか。登場人物のこともよくわかりません。超能力者っぽいとか、どこか普通じゃないとか。最後まで読めば、なんとなく正体は明かされているのですが、それもはっきりとはわからず。

物語は、少女と少年が車で旅するロードノベル。どこへ行こうとしているのか、目的ももよくわからず。何者かに狙われているのですが、だれになぜ狙われているのかもよくわからず。

旅中に出会う出来事もどこか幻想的で、通常の理解のおよぶところではない。読んでも読んでも、理解の出来ないことばかり。なに?なぜ?どうなったの?なんで?えっ?!(苦笑)の繰り返しなのです。

少年と少女が出会い、旅して、一応の目的地について、別れる話。最後に少年は「はじめて、彼は旅の目的を知った」とあるのですが、読んでいる方はポカーン(゚Д゚)です。

著者の菊地秀行といえば、私にとってはソノラマ文庫で「吸血鬼ハンター”D”」シリーズや「エイリアン」シリーズを書いていた、あの菊池さんです。伝奇アクションというか、エロスとバイオレンスというか、ソノラマ文庫に、夢枕獏とともに、ある種の革命を起こした作家です。

スーパーファンタジー文庫ということと、少女マンガチックな表紙から、エロスとバイオレンスはないだろうなと思っていた通りに、直接的な描写はありませんでした。そういう意味で言うと、この小説はファンタジーといえるのかもしれません。

つまらないわけではなく、よくわからない、でも最後まで読めてしまう、そんな奇妙な小説でした。