『みかん畑に帰りたかった(埜口保男)』に続き、冒険家・河野兵市についての本を読みました。
著者の河野順子氏は、河野兵市の奥様です。冒険家を支える側からの、河野兵市が描かれています。その視線は限りなく優しい。河野兵市の冒険への衝動を、否定することなく受け入れる姿が読みとれます。
物語はというと、簡単な自身と河野兵市の生い立ちを紹介したあとは、出会いのきっかけであるナンガパルバット挑戦が描かれます。出会い、登山挑戦、負傷、手術、そして告白という流れは、普通の恋愛小説でもありそうなものです。
でも、これがナンガパルバットという、標高8,125mで世界第9位の山への挑戦であり、負った傷は顎がパックリ割れ、歯茎がむき出しの状態。縫合手術は普通の黒糸を使った、麻酔なしの27針。こんなとんでもないスケールの中での告白は、まさしく事実は小説よりも奇なり。
そもそも海外旅行も登山もしたことのない女性が、いきなりナンガパルバット登頂隊に加わるというのも、普通なら考えにくいところです。でも、2人は出会ってしまったのです。この出会いには、運命を感じられずにいられません。
結婚後も、河野兵市の冒険は続きます。『みかん畑に帰りたかった』では、あまり描かれなかった数々の冒険。そして、子供が生まれてからの、家庭を大事にする姿も描かれております。
「自分は、ただ自分の好きなことをやっているにすぎない。もう有名になろうなどと思うことはするまい。他人に褒められるとか貶されるとかが大事なのではない。自分自身が納得し、真に満足できるかどうかなのだ。河野兵市という名前を知ってくれているのは、家族や友人だけで十分なのだ。」
兵市さんは、いつもそれなりの覚悟を持ってでかけていました。旅にでるときは、かならず自分の荷物をすべてきちんとまとめて、家をあとにしていました。
そういう一種の壮絶な覚悟と、あえて日常生活を全く崩さない私のやり方が、河野家には常に併存していたのです。
河野兵市という人は、なんのために生きるのかという疑問を心のどこかに感じながら旅をはじめ、ある時期から明確に、その「より善く生きる」という人間の勝負に挑みはじめた人でした。
印象に残った3ヶ所です。
この本を読んでいて感じたのは、河野兵市にはこんなに理解してくれる人がいて、羨ましいということ。この理解があってこその、「絆」であるのではないかと。
『みかん畑に帰りたかった』は、冒険家と世界一周自転車野郎、同じ匂いを放つ者同士の物語でありました。それであるが故に、河野兵市が北極への挑戦を意識しだした時からの、変節が後半にふれられていました。
「自分自身が納得し、真に満足できるかどうか」、「一種の壮絶な覚悟」、「より善く生きる」というキーワードから、その変節も少しは理解できるかなと。
この物語は”冒険家・河野兵市”の物語ではなく、”河野兵市とその家族”の物語です。東晋平による解説、「そこに『覚悟』はあるか」も、一読の価値があります。
この本も残念ながら、現在は絶版になっているようです。今回も運良く図書館にあったので借りることが出来ました。すごいぞ、大和郡山市立図書館!
『絆―河野兵市の終わらない旅と夢』と『みかん畑に帰りたかった』、あわせて読むと更に楽しめます。個人的には、『みかん畑に帰りたかった』のほうがオススメです。
『みかん畑に帰りたかった』の感想は、「冒険家・河野兵市との交流を描いた『みかん畑に帰りたかった(埜口保男)』を読んで【読書メモ】」
いずれは本人による著作も読まなければと思ってます。