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直木賞作家が描くプロ ロードレースの世界 熊谷 達也『エスケープ・トレイン』を読んで

さて、久々の読書メモです。以前から目を付けていたロードレース小説「エスケープ・トレイン」、図書館で見つけたので読んだ感想です。ちょっと辛めのレビュー。

作者の熊谷達也は、1997年のデビュー作「ウエンカムイの爪」で小説すばる新人賞、2000年「漂泊の牙」で新田次郎文学賞、2004年「邂逅の森」で山本周五郎賞・直木賞と、たくさんの賞を受賞している作家。自身もロードバイクに乗って、レースに参加するほどの自転車好きのようです。

すべては空気抵抗なのである――『エスケープ・トレイン』著者新刊エッセイ 熊谷達也 | エッセイ | Book Bang -ブックバン-
ケーブルテレビのスポーツチャンネルで「ツール・ド・フランス」のライブ中継を観ているときのことだった。…

自転車好きの直木賞作家がロードレースの世界を描くとどうなるのか、読む前は期待一杯でした。

主人公は、大学生の時に陸上競技からロードレースに転向した小林湊人(こばやしみなと)。現在は仙台のプロチームに所属する選手です。チームのメインスポンサーが撤退し、契約更改がどうなるのか? というところから物語は始まります。新たなスポンサーとともにやってきたのが、ツール・ド・フランスに8回出場、世界のトップレベルで戦ってきた梶山。レジェンド的存在である梶山が、湊人の才能を覚醒させていくストーリー。ロードレースの世界を知らない人にも、用語やルールなどがわかりやすく説明されていて、読みやすくなっています。

で、読み終えた後に思った率直な感想は、物足りないと。丁寧にわかりやすくロードレースの世界を描いていますが、登場する人物や展開に深みがない。以前取り上げた小説「アウターxトップ(神野 淳一)」や「ペダリング・ハイ (高千穂 遙)」と同じような印象。プロロードの世界なので、展開や作戦に関しては荒唐無稽さはなく、丁寧に書かれているのですが、それだけで終わっています。

才能はあるのに勝利に対する貪欲さがないため、なかなか勝つことがなく、アシストに徹する湊人。レジェンド梶山から掛けられた言葉をきっかけに、レースを勝利するというのは、あまりにも単純すぎるかと。読書サイトのレビューでは、「サクリファイス」と比較されている方が多いのですが、比べるレベルではないと思います。

このブログを書くにあたり、「サクリファイス」の文庫本を引っ張り出しました。比較するために大矢博子さんの解説文を読んだところ、こういう風に書かれていました。

自転車レースのルールは、実はかなり複雑である。日本ではマイナーな分、単語のひとつひとつから説明しなくてはならないのではないか。だとしたら説明過多の小説になってしまうのではないか。あるいはそうなるのを避けて初心者におもねるような、物足りないヌルい作りになってはいまいか、と。

出典:新潮文庫 近藤史恵「サクリファイス」 解説より(P.281~282)

この後ですべては杞憂だったと、「サクリファイス」を褒め称える解説です。

翻って「エスケープ・トレイン」はどうかというと、ロードレースを知らない人のための用語解説も多め。初心者におもねったわけではないでしょうが、わかりやすい展開で物足りない内容。陸上競技から転向したことの葛藤もなく、チーム内の人間関係もひたすら良好、マネージャー的存在の女性とのロマンスもなく、淡々とロードレースが進むだけです。ヌルいとは言いませんが、直木賞作家の作品としては、残念としか言いようがありません。

ただロードレースの中継を見るように、小説を読みたい人には良いのかもしれません。でも、そこにドラマはありません。「サクリファイス」発表から10年以上たっているのに、未だにこれを超えるロードレース小説が登場しないのが、残念でなりません。そんなことを感じました。

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